求められるボス像の変化

  • 日経新聞を読んでいると、「ボスザル不在2年以上」という見出しで、函館市熱帯植物園の話題が出ていた。
    函館にはご縁があって何度か出かけているが、熱帯植物園があることも、サルがいることも知らなかった。

    『ボスザル』という言葉を見聞きすると、『群れを率いる』『一番』『強い』『オスのサル』というキーワードが自然と頭の中に浮かび上がって来る。

    この新聞の記事によると、現在3匹のボスザル候補のオスがいるものの勢力図が定まらないそうで、その理由について記事では「餌に困らない環境では順位付けの必要がなく、ボスが決まらないこともある。」と述べられている。

    しかし、餌に困らない環境というのはボスザルが存在していた時期にも共通して言えることなのではないかとも考えられ、ボスザル不在の理由として当てはまるのか疑問に感じられる。

    記事には先代のボスをつとめた『メスザル』は2015年11月に死に、その後1匹の強くて大柄のオスが頭角を現したものの別のグループの十数匹に襲われて死んでしまった、とある。

    先代のボスがメスだということも驚きであるが、そのボスの死後、ボスとして条件を十分満たしていると考えられるオスが十数匹に集団で襲われて死んでしまったことも驚きである。
    そしてなにより、自分の頭の中に『ボスザル=オスザル』という方程式が違和感なくおさめられていたことも驚きである。

    ボスだったメスがケンカにとても強かったのか。
    それとも、ケンカの強さ以外の理由によって仲間から信頼を得られるような存在だったのか。

    このメスザルがボスとして認められていた理由は後者なのではないかと私は思う。
    強さなど従来のボスの条件に当てはまるオスがメスザルに代わってボスになろうとした時に、襲われるという方法で反対に遭ってしまったからである。

    勝手な推測になるが、ボスを務めていたメスザルはみんなにとって肝っ玉母ちゃんのような存在だったのではないかと考えられる。

    餌に困らない環境であっても小競り合いはあるだろう。
    そんな時、「まったく、しょうがない子たちだねぇ」なんてキーキー鳴きながら、メスザルは手をあげることなく仲裁に入っていたのではないだろうか。

    そして、そんなボスのあり方をみんなが認めた。
    だから、従来のボスの条件に当てはまるオスがボスとして認められなかったのだろう。

    みんなが求めるボスのあり方の変化。

    もしかすると、これはサルだけではなく、人間にも当てはまることなのではないかと思う。

    力による一方的な解決を目指すのか、それとも対話など双方の歩み寄りによる解決を目指すのか。

    今、私たちは大きな変わり目に立たされているような気がしてならない。

    (出典:日本経済新聞 2018年3月5日 夕刊
    https://www.nikkei.com/article/DGKKZO27696200V00C18A3CR0000/)

    2018-03-08 08:57