読書レビュー『世界泥棒/桜井晴也』

  • 「今までに読んだことがないような、そんな物語らしい」

    私はその言葉に惹かれて差し出されたその本を手に取った。

    その本のタイトルは『世界泥棒』。

    表紙をめくって物語の最初のページを目にとめた時、私は思わず唸った。

    改行がほとんどないからだ。

    しかも、登場人物たちの会話は鍵かっこではくくられていなくて、地の文と言われる描写の文章と一体化していた。

    とんでもない本を預かってしまったかもしれない。

    私はその時、確かにそう思った。

    けれど、今になって思えばその時「とんでもない本」と思ったその理由は表面的な浅いものであって、この本の本当の深さに私は気づいていなかった。

    読むリズムをつかむまでにかなり多くの時間がかかった。

    それは、この物語がやはり単なる物語ではないからだった。

    この物語は物語のようで物語じゃない。

    登場人物たちの会話は重く、人の心の奥深いところをえぐるようで、哲学的な対話に思えた。

    気が付くと、私は読者という立場であるはずなのに、いつの間にか対話の渦の中に引っ張り込まれていた。

    そして、強く共感する部分があった。

    小説というのは「悲しい」とか「うれしい」とか登場人物たちが味わう感情を読者も共感するものかもしれない。

    けれど、私がこの物語の中で強く共感した部分は単なる感情の断片ではなくて、私が子どもの頃から今日までの間の要所要所で感じていた、限られた人にしか明かしたことのない感情そのものだった。

    驚いたのは、私がなぜそういう感情に至ったのかという理由が、完全にとは言えないにしても私の頭の中身をそのまま丸写ししたのかと思うほどそのまま書かれていたという点だ。

    読み終えた時、この本は折に触れて読み返したい本だと思った。

    そして、本を読んだ後に自問自答したい。

    私は自分の発する言葉と行動が人に及ぼす影響を考えているか、目の前にいる相手を本当の意味で尊重できているのだろうか、と。

    2017-09-08 08:32